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プロヴァンス滞在記 (管理人の日記です)
2010年9月28日 クルト・アルベルトが亡くなった。
彼のホームエリアのFrankenjura(フランケンユーラ)で、ビア・フェラータをガイド中にトラブルで18m墜落。2日間生死を彷徨ったが、残念ながら・・・。
享年56歳。
もう8年経過して、いまさらの追悼なのですが、今まで書く機会がなかったので・・・。

▼クルト・アルベルトと最後にお会いした岩場(Andeltodrom)2010年6月14日。


私にとって、「最も尊敬するクライマーは!?」
と聞かれたら、まず真っ先に思いつくのは彼、クルト・アルベルトです。

私がFrankenjura(フランケンユーラ:以降はユーラと略す)に通いだした頃、現地で買ったトポに掲載されていた彼の写真の数々はとても衝撃的だった。ありえない姿で様々な難ルートをフリーソロしていた。

そしてまた彼は、フリークライミング界のレジェンドの一人。
まだドイツに「フリークライミング」の意識がなかった頃、1970年台、まだピトンを掴んで何でもアリのクライミングがなされていたユーラで、彼は「フリークライミング」にこだわって、フリーで登ったルートの取り付きに赤丸を書いた。この赤丸(ドイツ語でRotpunkt、英語でRedpoint)が、レッドポイントの由来になっている。
また彼は、そもそもはアルパインクライマーで、アルプスやパタゴニア、ヒマラヤなど各地に素晴らしいアルパインルートの記録も残している。

******************
私が初めてユーラで登ったのは1993年だった。
5ヶ月間登っていたが、色々な縁あって(今思うと本当に不思議なくらい偶然の邂逅と巡り合わせが重なり)ローカルクライマー達と非常に仲良くなって、一緒に登ったり、一緒にガストホーフへ飲食しに行ったりしていた。クルト・アルベルトとも何度か同席したのだが、お互いシャイ?(笑)あまり会話はなかった。それに彼は見た目が怖いし・・・(笑)
その後1996年は2ヶ月間、1999年は3ヶ月間、ユーラで登ったが、岩場やビール祭りなどで、何故か偶然会うことが多かった。岩場では彼の存在感とクライミングに圧倒されたし、ビール祭りでは何故か相席になることが度々。相変わらず会話は挨拶程度だったものの・・・だって見た目が怖いし、有名人なのでこちらが恐縮するし(笑)、でも、あまりの偶然の多さに、すごく不思議に感じていた。

その後、2000年以降の私は、フランス・スペインで登ることがほとんどで、ドイツに行くのは懐かしくなった時、しかもツアー最後の数日間だけだったが・・・。

******************
2006年6月中旬に、フランスツアーの帰りに、2日間だけユーラに立ち寄った。
いつも泊まるのは、Obertrubach(オーバートゥルバッハ:地名) のGastohof(ガストホーフ:食堂付き民宿):Eichler(アイヒラー:名前)。敷地内にはユーラでのクライミング黎明期からクライマー向けのキャンプ場を提供していて、名実ともに、ローカルクライマーたちのオマ(おばあちゃん)と称されるマリアばあさんが取り仕切っていた。世話焼き屋の親日家で、私などは、それはもう我儘言い放題?時には口論したり・・・ユーラ滞在中はお世話になりっぱなしだった。
でも、そのマリアは、残念ながら2006年の直前に亡くなって(亡くなる前年に会えたのが嬉しい)、後釜の娘のマルタが新オマとなって、もうすっかり貫禄がでていた。キャンプ場の管理姿も、すでにマリアばあさんそっくり(笑)。

その2日目、その頃に開拓されたばかりの、コンパクトだけど素敵な前傾の岩場(Andeltodrom)でオクサンと一緒に登っていた時に、クルト・アルベルトが女性のお客さん?と一緒に登りに来た。マイナーな岩場なので他にクライマーなんていない。挨拶はしたが、向こうは超有名人だし、こちらは久しぶりに来た1東洋人。たぶん憶えてなんかないよね?って会話もなくそれぞれ登っていたが、突然、つかつかこっちに来て、「お前のことをよく知っているぞ。毎年ユーラに来てるだろう?ユーラチャンピオンだな!?」って話しかけてくれた。あんな怖い顔で、はにかみながら話しかけてきた彼の顔が忘れられない。m(_ _)m
その後は和やかに楽しく、色々な思い出話などしたっけか・・・。

それが最後の出会いになってしまった。
その時「ずいぶん老けたなあ」って感じたのだが、まだ52歳だったのか・・・。私には70歳近い雰囲気のように見えていたが・・・激しい人生を送ったクライマーなので致し方ないのかもしれないですね。

▼ローカルクライマー達とよく行ったガストホフで、2010年6月14日。


当の私は、その頃の彼の歳を超えてしまった。(x_x;)
根性なしの私は、彼のように激しい人生は貫けなかったが・・・でも、小者は小者なりに、細く長く(?)山とクライミングを楽しんで生きたいものです。

出合いって、ほんとうに不思議の連続で、心に残るものですね。。。
クルト・アルベルトが岩場で楽しそうに登っていた姿が、今でも目に浮かびます。彼の最後は、彼にとっては、とても不本意なものと思いますが、でも、心からご冥福をお祈りしています。

(※著作権クリアできる写真は無く、掲載写真は、当日の我が家写真のみです。)
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木村 三郎
性別:
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職業:
ひょっとしてプー?
趣味:
岩登り、旅
自己紹介:
ハンドルネームは使いません、こんな名前ですが本名です。
本名を使う理由は単純に、匿名で言いたい放題言う風潮が嫌いなだけです。。。
顔が小さいので背が高く見られがちですが、じつは167cmしかありません。しかもなで肩で、上へのリーチは身長160cmの人とあまり変わりません。もうちょっと背が欲しかった。。。
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