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プロヴァンス滞在記 (管理人の日記です)
杉野保さんが、3月5日、城ケ崎で不慮の事故で亡くなられました。

4日前の事ですが、この間、私は海外ツアーが急遽中止になり(新型コロナ騒動)その手続・仲間との連絡に追われて、また気分的ダメージが大きくてジムにも行けなかったし、クライミング関連のニュースを見ていなかった。
今日、久しぶりにビックロックで登る準備中にストレッチしながらFacebookを見ていて、初めて事故の記事を読んでとても驚きました。

杉野さんは、私と世代もほぼ同じで、かつては岩場やジムでよくお会いしたし、話をしたものです。クライミングコンペでも一緒になったものでした。

私が杉野保さんにいつも感じるイメージは「真摯」です。

ご自身が岩に向かうときもそうだし、杉野さんの講習会にたまたまお会いしたときなども、ちらっと覗き見た講習会用のノートが、生徒さんそれぞれに向けにとてもきめ細かく書かれていて感心したものでした。

クライミングのスタイルにも厳しくて、プリクリップについての厳しい発言などがよく話題に出るけれども、あれはクライミングを愛して真摯に取り組んでいるがゆえの発言なんですよね。当人と話しているとよくわかります。
実績はもちろん素晴らしくて、数々の難ルートを登られていて初登も多く、しかもそれらのルートの質が素晴らしい。

岩登りの神様がもしいるのなら、きっと彼のような人が一番愛されるのだろうな?ってずっと思っていたのですが・・・。こんなに突然にいなくなってしまうなんて想像できませんでした。

ご冥福をお祈りします。

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人づてで・・・
長野岳史さんが亡くなっていたということを知った。

日本アルパインガイド協会(AGS-J)のホームページ上で「故人」となっているので間違いはないようです。(http://www.agsj.org/guide/zaiseki.php)
亡くなられた詳細はわかりません。
ネット上で検索しても情報が全く見つかりません。

長野さんは私と同世代のクライマーですが、私が尊敬するクライマーの一人です。
フリークライミングはもちろんとても強いし、アルパインもすごい。なによりクライミングへの愛が深い。
「黙して語らず実行のみ」って方なので、あまり知名度はないですが、知る人は知るってクライマーです。

若い頃から岩場で何度かお会いすることはあったのですが、私の方は一方的に「すごいなぁ」って思いながら、お話したことは一度もなかった。だけど20年ぐらい前からだろうか?ビックロックで時々お会いするようになり、色々お話をするようになった・・・。
その会話の中で驚いたのが、私のことを意外にご存知だったのと(何を登っているとか)、フランスやドイツで私が登った・トライしたルートも共通しているものが多くて、私達が若かった頃のクライミング全般の話やルートの話でいろいろ盛り上がったものでした。
あるとき「木村さんのような名クライマーは・・・」って言われたことがあり、正直とても嬉しかった。自分が名クライマーと思っている方から、逆に私が「名クライマー」と呼ばれるのは、(もちろんお世辞だろうけど)率直にとても嬉しいものですね。。。

最後にお会いしたのは確か年末くらいだったと思うのですが・・・
ビックロック本店が閉店する少し前から「最近、長野さんが来ないなぁ?」って気になってたのですが・・・残念です。

ご冥福をお祈りします。

▼Buoux(フランス)bout du mondeにて。
ここでのクライミングの話をよくしたなぁ・・・。
2010年9月28日 クルト・アルベルトが亡くなった。
彼のホームエリアのFrankenjura(フランケンユーラ)で、ビア・フェラータをガイド中にトラブルで18m墜落。2日間生死を彷徨ったが、残念ながら・・・。
享年56歳。
もう8年経過して、いまさらの追悼なのですが、今まで書く機会がなかったので・・・。

▼クルト・アルベルトと最後にお会いした岩場(Andeltodrom)2006年6月14日。


私にとって、「最も尊敬するクライマーは!?」
と聞かれたら、まず真っ先に思いつくのは彼、クルト・アルベルトです。

私がFrankenjura(フランケンユーラ:以降はユーラと略す)に通いだした頃、現地で買ったトポに掲載されていた彼の写真の数々はとても衝撃的だった。ありえない姿で様々な難ルートをフリーソロしていた。

そしてまた彼は、フリークライミング界のレジェンドの一人。
まだドイツに「フリークライミング」の意識がなかった頃、1970年台、まだピトンを掴んで何でもアリのクライミングがなされていたユーラで、彼は「フリークライミング」にこだわって、フリーで登ったルートの取り付きに赤丸を書いた。この赤丸(ドイツ語でRotpunkt、英語でRedpoint)が、レッドポイントの由来になっている。
また彼は、そもそもはアルパインクライマーで、アルプスやパタゴニア、ヒマラヤなど各地に素晴らしいアルパインルートの記録も残している。

******************
私が初めてユーラで登ったのは1993年だった。
5ヶ月間登っていたが、色々な縁あって(今思うと本当に不思議なくらい偶然の邂逅と巡り合わせが重なり)ローカルクライマー達と非常に仲良くなって、一緒に登ったり、一緒にガストホーフへ飲食しに行ったりしていた。クルト・アルベルトとも何度か同席したのだが、お互いシャイ?(笑)あまり会話はなかった。それに彼は見た目が怖いし・・・(笑)
その後1996年は2ヶ月間、1999年は3ヶ月間、ユーラで登ったが、岩場やビール祭りなどで、何故か偶然会うことが多かった。岩場では彼の存在感とクライミングに圧倒されたし、ビール祭りでは何故か相席になることが度々。相変わらず会話は挨拶程度だったものの・・・だって見た目が怖いし、有名人なのでこちらが恐縮するし(笑)、でも、あまりの偶然の多さに、すごく不思議に感じていた。

その後、2000年以降の私は、フランス・スペインで登ることがほとんどで、ドイツに行くのは懐かしくなった時、しかもツアー最後の数日間だけだったが・・・。

******************
2006年6月中旬に、フランスツアーの帰りに、2日間だけユーラに立ち寄った。
いつも泊まるのは、Obertrubach(オーバートゥルバッハ:地名) のGastohof(ガストホーフ:食堂付き民宿):Eichler(アイヒラー:名前)。
敷地内にはユーラでのクライミング黎明期からクライマー向けのキャンプ場が提供されていて、名実ともに、ローカルクライマーたちのオマ(おばあちゃん)と称されるマリアばあさんが取り仕切っていた。世話焼き屋の親日家で、私などは、それはもう我儘言い放題?時には口論したり・・・ユーラ滞在中はお世話になりっぱなしだった。
でも、そのマリアは、残念ながら2006年の直前に亡くなって(亡くなる前年に会えたのが嬉しい)、後釜の娘のマルタが新オマとなって、もうすっかり貫禄がでていた。キャンプ場の管理姿も、すでにマリアばあさんそっくり(笑)。

その2日目、その頃に開拓されたばかりの、コンパクトだけど素敵な前傾の岩場(Andeltodrom)でオクサンと一緒に登っていた時に、クルト・アルベルトが女性のお客さん?と一緒に登りに来た。マイナーな岩場なので他にクライマーなんていない。挨拶はしたが、向こうは超有名人だし、こちらは久しぶりに来た1東洋人。たぶん憶えてなんかないよね?って会話もなくそれぞれ登っていたが、突然、つかつかこっちに来て、「お前のことをよく知っているぞ。毎年ユーラに来てるだろう?ユーラチャンピオンだな!?」って話しかけてくれた。あんな怖い顔で、はにかみながら話しかけてきた彼の顔が忘れられない。m(_ _)m
その後は和やかに楽しく、色々な思い出話などしたっけか・・・。

それが最後の出会いになってしまった。
その時「ずいぶん老けたなあ」って感じたのだが、まだ52歳だったのか・・・。私には70歳近い雰囲気のように見えていたが・・・激しい人生を送ったクライマーなので致し方ないのかもしれないですね。

▼ローカルクライマー達とよく行ったガストホフで、2006年6月14日。


当の私は、その頃の彼の歳を超えてしまった。(x_x;)
根性なしの私は、彼のように激しい人生は貫けなかったが・・・でも、小者は小者なりに、細く長く(?)山とクライミングを楽しんで生きたいものです。

出合いって、ほんとうに不思議の連続で、心に残るものですね。。。
クルト・アルベルトが岩場で楽しそうに登っていた姿が、今でも目に浮かびます。彼の最後は、彼にとっては、とても不本意なものと思いますが、でも、心からご冥福をお祈りしています。

(※著作権クリアできる写真は無く、掲載写真は、当日の我が家写真のみです。)
吉田和正さんとの思い出は多い。

昔から平日休みが多かった私は、過去、ぶらっと1人で(50ccバイクで)城ヶ崎や小川山に行く事が多々あって、現地で会ったクライマーに声をかけていたのですが、吉田さんは同郷で実家が近いこともあり、いろいろ話も合い、よく一緒に登ったものです。

1980年代~90年代初めにかけてのこと。

私が初めての5.12a(湯河原・スパイダーマン)を登ったときも「これで12クライマーですね」って声を掛けてもらったり・・・。
初めての5.13a(小川山・エクセレントパワー)を登ったときも河原から見ていたそうで、夕方に廻り目平で「おめでとう」って声を掛けてくださった。
クランチャー(城ヶ崎)のビレイはいろいろ楽しかった。その頃のクライミング界に関する本音を言い合った楽しい会話は今でも憶えている。
城ヶ崎の吉田ハウスにも度々泊まって、彼の車で一緒に海っ端の温泉に行ったっけか・・・。
ニンジャ(小川山)も一緒にトライしたり・・・。
南仏でも偶然一緒になってお世話になった。彼のマジノライン(Volx)やラ・ローズ(Buoux)のビレイも何度かしたが、マジノラインは本当に惜しかった。Volxの岩場の下から夕日に向かって登れなかった悔しさを大声で叫んでいたのが懐かしい。お互いまだ若かった。

90年代中盤以降は、私は国内では外岩にほとんど行かなくなり、お会いすることがなくなってしまったが、それでもたまに気まぐれで岩場に行くと、やはり偶然お会いして、いろんな話をしたっけか・・・。
あんなに一緒に岩場で過ごしたのに、何故か写真が1枚も無いんですよね。。。

最後にお会いしたのは、2008/10/16、太刀岡山の帰りに山宮温泉の湯船でばったり。 しかし、それももう8年前!!

岩場に行けばいつでも会えるような気がしていたのですが・・・
とても残念です。
FaceBookの知人(ドイツ人)の書き込みに「Adieu Edlinger !」とあり。

えっ!!!と驚き、調べてみたら・・・
パトリック・エドランジェ(Patrick Edlinger)が、11月16日金曜日に亡くなっていたんですね。

もう10日以上経っていますが、まずは、ご冥福をお祈りいたします。

パトリック・エドランジェが死亡(スポーツ365.fr) 2012/11/17 10h30
http://www.sport365.fr/autres-sports/divers/carnet-patrick-edlinger-est-mort-929021.shtml
パトリック・エドランジェの事故死モンターニュ・マガジン.com) 2012/11/20
http://www.montagnes-magazine.com/blog-la-mort-accidentelle-patrick-edlinger

ヴェルドン渓谷の最寄村・La Palud-sur-Verdon(ラ・パリュ・シュール・ヴェルドン)の自宅で死亡しているのを発見され、死因は未知の理由「raisons encore inconnues」とか、偶然死(事故死?)「La mort accidentelle」と書かれています。

1960年6月15日生まれ、享年52歳。
私と(歳は若干違うけど)同じ誕生日だったんですね。。。

私たち古い世代のクライマーにはエドランジェの記憶はとても鮮烈です。
私たちが登山靴にアイゼンで「谷川・一ノ倉だ!」「穂高・屏風岩だ!」とやっていた頃、フリーでは小川山の5.9や5.10aのスラブ・クラックで泣いていた頃、来日したエドランジェがTV撮影で明星南壁をフリーソロで登った映像は心に深く残っています。あの頭上でヒールフックのレストなんて・・・。たとえショウと割り切っても、あの高度で出来るのはすごすぎです。
トレーニングシーンで見せた激しい課題・柔軟性、小指一本指で片手懸垂とかも・・・怠け者の自分を戒める衝撃的な映像でした。。。

その後、私もフランスに通うようになって、岩場で時々、彼を見かけて感動したのですが、1995年のカランク(Calanques)での事故以降は、あまり登らなくなったようですね。。。

彼を語るときはパトリック・ベロー(Patrick Berhault)の存在を忘れてはならないが、(パトリック・ベローの2004年アルプスでの事故死は、私は、南仏のスーパーのレジ横の新聞で知ってすごく驚いたのですが)、ベローの死はエドランジェに深い影を落とし『アルコール依存症に苦しんでいた』ようです。

ネットで見かけるエドランジェの近年の写真は、歳のワリにはひどく老けているように見えますが、大怪我の影響・盟友の死がもたらした苦悩(落胆)とアルコール依存症によるものなのでしょうか?

神話がまた一つ終わってしまったような気がして、寂しい限りです。


※Patrick Edlinger mort - Vidéo de photos avec biographie courte

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木村 三郎
性別:
男性
職業:
ひょっとしてプー?
趣味:
岩登り、旅
自己紹介:
ハンドルネームは使いません、こんな名前ですが本名です。
本名を使う理由は単純に、匿名で言いたい放題言う風潮が嫌いなだけです。。。
顔が小さいので背が高く見られがちですが、じつは167cmしかありません。しかもなで肩で、上へのリーチは身長160cmの人とあまり変わりません。もうちょっと背が欲しかった。。。
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